高校留学生もネットにつながるのがあたりまえの時代

このブログでもたまに話題にするけれど、留学生のインターネットの使い方については、いつも考えている。

5年前の高校留学生達は、まだ留学中にスマホを使う、ということは多くなかった。8年前だと、携帯電話さえ持っていない学生もいた。2~3年前くらいに、ホームステイや寮でWifi環境が整ってきた頃から、留学生達が自分の携帯電話でネットにつながるようになって来て、今年は高校留学生のほぼ全員が、ネットにつながる自分のディバイスを持っている。

2015年、高校留学生が自分でいつでもネットにつながるのがあたりまえの時代が始まった。この流れは止められない。

もちろん、悪いことばかりではない。安全面を考えると、いつでも連絡が取れることは大切だし、勉強面でも活用できるだろう。また、日本の親御さんも直接顔を見て話ができるのは安心だ。

でも、学校でも、ステイ先でも、週末でも、そして夜中でも、いつでもネットにつながることができるのは、留学生にとって、マイナスの面も多い。

留学は経験だ。日本でできない経験をして、そこからいろんなことを学び、考え、そして成長する。日本でできない経験をするためには、生活する場所を変え、会う人を変え、そして生活の時間を変えることが大切だ。ネットに自由に接続できるようになる前は、留学に来てしまえば、場所、人、時間が必然的に変わり、日本ではできない経験がその瞬間から始まった。

でも、場所を変えても、いつでもネットに接続できる環境にいれば、接する人も変わらず、生活の時間も変わらずに過ごすことができる。単に場所が変わっただけで、人と時間は日本にいたときと変わらないのであれば、留学でしかできない経験も、少なくなる。

そこが一番の問題だ。ネットでニュージーランドのサイトを見たり、ニュージーランドの友達とつながるのであれば、まだいい。でも、高校留学生がネットでつながるのは、日本の友達であり、日本のサイトをずっと見ている。

先日も書いたけれど、3年間から5年間の高校留学生活は、実は思っているほど長くない。あっという間に時間は過ぎていく。その大切な貴重な時間を、留学でしかできない経験に使わずに、日本の友達とつながり、日本語で日本のサイトを見て過ごすのは、非常にもったいない。

高校留学生が自分でいつでもネットにつながるのがあたりまえの時代は、今、始まったばかりだ。ネットがあることが前提で、かつ、日本でできない経験をして、そこからいろんなことを学び、考え、そして成長して行くことがどうすればできるのか。私たちもよく考えていかなければならない。

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